研究領域の現状 243
桑 島 邦 博(教授) (2007 年 1 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:蛋白質科学、生物物理学、生体分子科学
A -2) 研究課題:
a) aラクトアルブミンとカルシウム結合性リゾチームのフォールディング機構 b) aラクトアルブミンのモルテン・グロビュール状態の特性と生物機能 c) アミロイド形成能を持つb2ミクログロブリンのフォールディング機構 d) 大腸菌シャペロニンの機能発現の分子機
A -3) 研究活動の概要と主な成果
a) aラクトアルブミンとリゾチームは互いにアミノ酸配列の類似した相同蛋白質であり,それらのフォールディング 反応が類似しているか否かを実験的に明らかにすることは,蛋白質のフォールディング問題を考える上で重要であ る。昨年までの研究で,ヤギaラクトアルブミンのフォールディング反応の速度論的解析を行い,フォールディン グの遷移状態で構造化する領域は,C ヘリックスとa–bドメイン境界にあるカルシウム結合部位近傍に局在化して いることが明らかになっている。本年は,イヌ乳リゾチームのフォールディング反応の速度論的解析を行い,遷移 状態ではカルシウム結合部位の構造は形成されていないことが明らかとなった。したがって,aラクトアルブミン とリゾチームは互いに相同で立体構造も類似しているがフォールディング経路が異なることになる。
b) aラクトアルブミンのモルテン・グロビュール状態はフォールディング反応の中間体として知られているが,脂肪 酸と複合体を形成して腫瘍細胞を選択的に細胞死に導く働きのあることも知られている。このようなaラクトアル ブミン−脂肪酸複合体の物理化学的特性を明らかにすることを目的として,本年は,ヤギaラクトアルブミンの酸 性条件下におけるモルテン・グロビュール状態の構造を,水素交換二次元 N M R スペクトルを用いて調べた。モル テン・グロビュール状態では C ヘリックス部分がわずかに(水素交換保護度にして 10 〜 20 程度)安定化してい ることがわかった。
c) 透析アミロイドーシスの原因となるb2ミクログロブリンのフォールディング機構を調べることを目的として,その 酸変性状態からの巻き戻り反応を,ストップトフロー法,実時間 N M R スペクトルを用いて解析した。その結果, 巻き戻り反応には,不感時間内のバースト相に続いて4つの過程が観測された。変性状態では X - プロリンペプチ ド結合のシス−トランス異性化に由来する二つの分子種が存在し,これらが二つの並行経路に沿って巻き戻ってゆ くことが明らかになった。非天然のトランス・プロリン異性体も実質上天然構造まで巻き戻り,その後,ゆっくり とトランス型からシス型へ変換することもわかった(これが4つの過程の最後に対応する)。
d) 大腸菌シャペロニン G roE Lは分子量 57 k のモノマーが二重リング状に積み重なった 14 量体であり,A T P 依存的 にアロステリックな構造転移を起こして,コ・シャペロニン GroE S と複合体を形成する。したがって,GroE Lへの A T P 結合はその生物機能発現にとって本質的であるが,G roE Lモノマーあたりの A T P 結合部位は一つであると考 えられている。しかし,最近われわれは,G roE L単一リング変異体を用いて,A T P 結合によるアロステリック転移 の速度論的解析を行い,G roE Lモノマーあたり二つの A T P 結合部位があるとの予想をたてた。A T P により誘起さ れる GroE Lアロステリック転移の A D P による阻害実験から,400 µM A T P-100 µM A D P の条件下では第二 A T P 結 合部位が A D P によって占有されることがわかった。この条件下で,az i do- A D P による光親和性標識を行い,標識
244 研究領域の現状
G roE Lを得た。蛍光性亜鉛錯体を用いて標識 G roE L中のリン酸基の存在を確認できたので,第二 A T P 結合部位の 存在が確認されたことになる。今後,第二 A T P 結合部位のアミノ酸配列上の位置を明らかにすることが必要である。
B -1) 学術論文
A. KATO, K. MAKI, T. EBINA, K. KUWAJIMA, K. SODA and Y. KURODA, “Mutational Analysis of Protein Solubility
Enhancement Using Short Peptide Tags,” Biopolymers 85, 12–18 (2007).
H. NAKATANI, K. MAKI, K. SAEKI, T. AIZAWA, M. DEMURA, K. KAWANO, S. TOMODA and K. KUWAJIMA,
“Equilibrium and Kinetics of the Folding and Unfolding of Canine Milk Lysozyme,” Biochemistry 46, 5238–5251 (2007). T. OROGUCHI, M. IKEGUCHI, M. OTA, K. KUWAJIMA and A. KIDERA, “Unfolding Pathways of Goat a-Lactalbumin as Revealed in Multiple Alignment of Molecular Dynamics Trajectories,” J. Mol. Biol. 371, 1354–1364 (2007).
B -3) 総説、著書
桑島邦博 , 「タンパク質のアンフォールディングとフォールディング」, 生物物理ハンドブック , 石渡、桐野、美宅編 , 分担執筆 , 朝倉書店 (2007).
桑島邦博 , 「リサーチ・ナビ 文部科学省—特定領域研究『水と生体分子が織り成す生命現象の化学』」, 未来材料 , 2月号 , 62–65 (2007).
B -4) 招待講演
桑島邦博 , 「蛋白質のフォールディング問題:物質科学と生命科学の接点」, 日本化学会第87春季年会イブニングセッション「生 体分子科学の進展」, 関西大学千里山キャンパス, 2007年 3月.
K. KUWAJIMA, “Molecular Mechanism of Protein Folding,” 1st International Symposium on Nanomedicine-from Basic to
Applications-(ISNM2007) & 2nd Molecule-Based Information Transmission and Reception (MB-ITR2007), Okazaki (Japan), April 2007.
桑島邦博 , 「真性体および組換え体α ラクトアルブミンの構造の安定性とダイナミクス」, 平成19年度日本酪農科学シンポジウ ム, ホテルグランヴェール岐山 , 岐阜市 , 2007年 8月.
K. KUWAJIMA, “Folding of Canine Milk Lysozyme: A Ca2+-Binding Lysozyme,” The 7th KIAS—Soongsil Conference on Protein Structure and Function, Seoul (Korea), October 2007.
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
日本生物物理学会運営委員 (1992–1993, 1999–2000). 日本蛋白質科学会理事 (2001.4–2005.3).
The Protein Society, Executive Council (2005.8–2007.7).
日本生化学会評議員 (2005– ). 学会の組織委員
第24回谷口国際シンポジウム “ Old and New V iews of Protein F olding,” 木更津(かずさアカデミアパーク), 世話人 (1999). T he 1st International C onference on Biomedical Spectroscopy: F rom Molecule to Men, Cardiff (U.K .), 組織委員 (2002).
研究領域の現状 245 T he 1st Pasific-R im International C onference on Protein Science, Y okohama (J apan), 組織委員 (2004).
K IA S C onference on Protein Structure and F unction, Seoul (K orea), 組織委員 (2001– ). 日本生物物理学会第45回年会 , 横浜(パシフィコ横浜), 年会長 (2007).
文部科学省、学術振興会等の役員等
科学研究費審査部会専門委員会委員 (2002, 2004).
J ST 若手個人研究推進事業(C R E ST )領域アドバイザー (2001–2005). J ST 戦略的創造研究推進事業評価委員 (2004, 2005).
学会誌編集委員
Folding & Design, Editorial Board (1996–1998).
Biochimica et Biophysica Acta, Editorial Board (1998–2003). J. Biochem. (Tokyo), Editorial Board (1997–2002).
Protein Science, Editorial Board (2001–2006).
Proteins: Strucuture, Function & Bioinformatics, Editorial Manager (1993– ). J. Mol. Biol., Editorial Manager (2004– ).
BIOPHYSICS, Editorial Manager (2005– ).
Spectroscopy—Biomedical Applications, Editorial Board (2002– ).
科学研究費の研究代表者、班長等
特定領域研究「水と生体分子が織り成す生命現象の化学」領域代表者 (2003–2007). その他
大阪大学蛋白質研究所外部評価委員 (2000, 2007).
B -8) 大学での講義、客員
L und 大学(スウェーデン)大学院医学研究科博士論文審査員(Opponent), J enny Petterson, “ Structure-F unction A nalysis of HA ML E T – human α-lactalbumin made lethal to tumor cells,” 2007年 12月, Ph.D.
B -10)外部獲得資金
一般研究 (A ), 「シャペロニン GroE L の標的タンパク質認識の分子機構」, 桑島邦博 (1995年 –1997年 ). 基盤研究 (B), 「シャペロニンの機能発現の分子メカニズム」, 桑島邦博 (1998年 –1999年 ).
基盤研究 ( B ) , 「高圧温度ジャンプ法と計算機シミュレーションによる蛋白質フォールディング研究」, 桑島邦博 (2000 年 –2002 年 ).
基盤研究 (C )(企画調査)「蛋白質フ, ォールディング研究の企画調査」, 桑島邦博 (2001年 ).
特定領域研究(公募)「蛋白質一生」「大腸菌シャペロニンの機能発現の速度論」, , 桑島邦博 (2002年 –2003年 ). 特定領域研究(公募)「ゲノム情報科学」「蛋白質フ, ォールディングの物理化学的解析」, 桑島邦博 (2002 年 )
特定領域研究(計画 (2))「水と生体分子」「蛋白質フ, ォールディング機構の物理化学的解明」, 桑島邦博 (2003年 –2007年 ). 特定領域研究(計画 (1))「水と生体分子」, 「水と生体分子が織り成す生命現象の化学に関する研究の総括」, 桑島邦博 (2003 年 –2007年 ).
基盤研究 (B), 「シャペロニンの機能発現の速度論的解析」, 桑島邦博 (2005年 –2007年 ).
246 研究領域の現状 C ) 研究活動の課題と展望
蛋白質のフォールディング問題は物理化学としても興味深いが,生命科学や医学とも深い関わりを持っている。特に,フォー ルディング中間体であるモルテン・グロビュール状態のaラクトアルブミンが脂肪酸(オレイン酸)と複合体(H A M L E T )を形 成すると抗腫瘍活性を発現するのは興味深い現象であるが,この現象の物理化学的基盤は,今のところ,全く不明である。 来年の一つの目標は,水素交換標識と二次元 N M R スペクトルを利用して H A M L E T 複合体の構造解析を行うことである。 また,シャペロニンは細胞内の蛋白質フォールディングに関わっており,シャペロニンの作用の分子機構を明らかにすることは, 蛋白質フォールディングとより高次の生命現象との関係を解き明かす上で重要である。G roE L の第二の A T P 結合部位のアミ ノ酸配列上の位置を同定することは来年の大きな課題である。来年は,さらに,水素交換標識二次元 NMR を用いて G roE L / E S 複合体の構造のダイナミクスを解析する課題にも取り組んでゆきたい。